eighterのひとりごと

2016夏に罪な男たちに捕まってしまったド新規eighterが∞ことを中心に徒然なるままにつぶやきます。

2018/4/16-17 積もり積もったことを少しずつ。

 

 

沢山、沢山いろんな人の考え方に触れたよ。

 

あーあ、ここまで悩むとはなぁ。

思いもしなかったよ。

何もかもが想定外、私の理解の範疇を軽く飛び越えてしまった。

 

私、実はエイトさんに出会う前までは何年もK-POPという世界に閉じこもっていました。一時期日本語の歌なんて何が流行りなのかすら分からないこともあった。

 

K-POPってね、実はすごく不確定な場所だと思っています。それがお国柄故なのかどうかは置いといて、とにかくメンバーの入れ替えが激しいところです。好きになったのは女の子のアイドルだけなんだけど、メンバーの脱退加入や解散なんて幾つ見てきたのか分からないぐらい見てきた。

 

KARAから始まって、少女時代もRainbowもSecretもAFTERSCHOOLも、みんなみんなバラバラになっちゃった。

 

でも、不思議なもんで慣れたら涙なんて出なくなり、「あぁまたかァ」と思うだけになるし、悲しむ間もなく、知らない見たこともない新メンバーが入ることも多かったよ。

 

だから、正直こういうのに慣れてると思ってたんだよ。「明日は我が身」というような、不確定なふわふわした世界に、すっかり慣れた気でいたよ。

 

でも、今回ばかりは違った。

こんなにも打ちのめされたのは初めてで、一体どうしたらいいのか、誰か教えて欲しいよ。

 

なんでこんなに差が出るのかなって思ったけど、距離感が違ったのかな。なんて今は思ってる。分からんけど。

 

彼女達は所詮違う国の人で、日本に「やってきてる」人たちだから、離れていることが当たり前で音楽だって動画サイトを通じてしか見られない時期だってあったから。

 

でもエイトさんは違う。

まず第一に日本人で、ほんとに人気者だから、沢山テレビに出てるし、見ない日がない。メンバーの日常もWebで少しだけ見られるし、なんなら毎日更新してくれたりもする。初めてこのWebの存在を知った時、こんなにもオタクに優しいコンテンツがあるのかと、少しびっくりしたぐらいでした。

 

そして多分1番大きいのは、彼らが私の耳に馴染む関西弁を話すから。物理的な距離じゃない、感じる距離が全然違うんだね。私は一応関西の人間だから、すごく聴き心地がいい。

 

それぐらいの違いはわかってる。

でも、それぐらいの違いにこんなにも泣いてる。

 

何度書いたって呟いたって

全然昇華されない。

何回も何回も夢かなと思うし、

夢であってほしいと思う。

今日友人に話す時は淡々と泣くこともなく話せたのに、1人の部屋に帰ってくると涙が止まらない。

 

好きだからこそ苦しいね、辛いね。

今日もTwitterは悲しみの色1色だった。

 

それと同時に思うのは、オタクはTwitterやブログで好き勝手言えるけど、エイトさんたち(もちろんこの中にはすばるくんも入ってるよ)は、ちゃんと怒ったり泣いたり出来てるのかなってこと。

 

夢を与えてくれる人達で、それを仕事としてやってることは分かってるけど、エイトさんたちがやり場のない気持ちを、例えようのない気持ちを吐き出せる場所があるんだろうかと。

 

昨日の丸ちゃんを見ててもすごくすごく心配になったよ。感情表現が下手くそな彼が、少し笑いながら話す姿が痛々しくって泣いた。

なんなら、大倉くんの全然納得できてない不貞腐れたような表情に泣いたし、横さんの涙に泣いた。あの会見に挑むみんなの姿があんまりに痛々しくって泣いて泣いて泣きまくったんだけどさ。

 

ねぇ、エイトさん

ちゃんと泣いたり怒ったりできてますか。無理して笑ってないですか。

そこが今は一番心配だよ。

どうか、どうか、プライベートでいいから皆さんの苦しみや悲しみや怒りを吐き出せるどこかがありますように。

 

オタクにたくさんの夢を与えてくれるし、幸せをくれるけど、与えてくれる側の皆さんがそれを補給できてるのかが何より不安で心配なのです。

 

だからすごくすごくヤスくんの容態も心配してる。彼のことだから、きっと仕事に復帰しても痛みを押して仕事をすることもあるんだろうな。心の痛みも心配だけど、同じぐらいあなたの体も心配なのです。ほんとにほんとに無理だけはしないでね。これからの為にもゆっくり養生してください。

 

 

そんなことを、今晩は考えました。

思うことはまだごまんとある。

てんこ盛りだよ。

間違いなく、また書くよ。

 

それだけ、関ジャニ∞の存在が私の中でとってもとっても大きいのです。嫌いになんてなれない、大好きな人たちなのです。

 

すばるくんてほんとに罪な男だ。

あっ勿論褒めてるんだよ。

 

連日連夜全国のeighterを泣かせて、1人でポーンと海外に行っちゃうんだもんな。

こんなに罪な男があるかよ、でもそんな彼だから、皆泣くし行かないでって無理だと分かってても縋るんだね。

 

あーあ、こんなに分かってても全然わかんない、理解できないよ。

まだまだまだ、泣くし恨みつらみも書くしまた泣くし、なんならちょっと多分怒るし、また泣くんだよ。

 

ごめんね、ごめんね

前を向けなくてごめんね

もう少し、あなたの背中を押すには時間がかかりそうなの。

大好きだから。

大好きなのにね。

だからさぁ、もう少し、7人の関ジャニ∞に未練タラタラでいさせてね。

 

 

今日も、お疲れ様でした。

おやすみなさい。

良い夢を。

 

 

 

 

 

 

2018/4/16 今日も今日とて

 

悲しいもんで、1日なんてあっという間に過ぎる。なんなら今日ももうあと半分過ぎた。

 

でも今日も今日とて、抜け殻のように部屋に閉じこもっている。まぁ大学の授業が無いのだから別に誰かに咎められることは無いのだけど。

 

Twitterを開いたり閉じたり、写真フォルダを開いたり閉じたりしては、こぼれる涙をぐしぐし拭ってる。

 

想像以上に、すばるくん、あなたに惚れ込んでいたらしいことを、今めちゃくちゃ噛み締めてますよ。

 

たった1年と半分ぐらいしか、関ジャニ∞としてのすばるくんを見つめられなかった。それがとってもとってもとっても悔しくって悲しくって寂しくって、気がつけば夢中になって、7人が映る画像やものをかき集めてるような状況です。あの会見ですらどこかの番組が流してないか探してる。

あと何回7人(会見は6人だけど…)の姿を見られるのか、関ジャニ∞としてのすばるくんを見られるのか、分からないから。必死ですよもう。

 

ジュニア時代も8人の時代も知らないオタクだけど、8人から7人になる時期を乗り越えてきた古参のファンは一体どんな思いで過ごしてきたんだろうなんて、考えても仕方の無いことばかり、ベッドの上でぐるぐると考えています。

 

きっと、6人の関ジャニ∞が当たり前になる時期がやってくる。それがなんだかとても怖い。とはいえ、すばるくんの幻影を探してしまうようではeighterとしてやっていけないし、

昨日はeighterでい続けたいって書いたけど、さっそくぶれてる。

 

メンバーが、オタク皆がそうであるように、私だってまだ6人の関ジャニ∞が想像もできない。

 

昨日の会見でヤスくん1人いなかっただけで違和感を覚えるんだから、そんな風に誰か1人がいない状況を、それが普通であるように受け止められるんだろうか。それはもう未知数だからね、怖いですよ。

 

そう簡単に、はいそうですかって受け入れられないよ。辛いし寂しいし悲しいしなんでだよ!って思う。

でも、大倉くんじゃないけど、嫌いになんてなれないんだから、それが全てであるようにも思う。

 

ボロボロ泣いてんのに泣いてないと言い張る横さん、彼が泣いてると何故か泣かなくて笑顔すら見せようとする村上くん、困ったような悲しそうな表情でぎこちなく笑う(心の中で泣いてるように見えた)丸ちゃん、目がうるうるしてるけど門出の日と言い切った亮ちゃん、ぜんっぜん納得してなくてまだどこか不貞腐れたような表情の大倉くん。ヤスくんも姿こそ見えなかったけど、言葉が、痛みを押してまで会見に出ようとした姿勢が、全てを語っていたと思う。

 

どれも、どこをとっても、関ジャニ∞だったよ。そんな風にいつも素直に見せてくれるから、好きになったんだって、嫌でも思い直した。

 

すばるくんのいない関ジャニ∞を想像もできないし、それでも好きですと言えるのか、私にはまだ分からない。今日になって思う。未来に向かってすごく尻込みしてる自分が嫌だけど、それが本音だ。

 

誰か一人欠けてもダメだって思ってたし、7人で笑う姿を見て好きになったんだから、当たり前だよって誰かに言ってほしいぐらい。

 

多分まだこうやってダラダラと未練を書き綴る。前をなかなか向けない人間なので、すばるくんが見たらイライラするような人間です多分。

 

今日ふと思ったのは、ファンレター書いてみようかなぁってこと。

関ジャニ∞としてのすばるくんに。

他担とか自担の概念は元々あんまり好きではないし、そういう意見は今日はスルーしますね。とはいえ、気分を害したらごめんなさい。

 

でも、昨日も書いたけど、私は彼の歌に救われたから、この気持ちをなんとかどこかで昇華させたい。もう二度とドームでありがとう!って伝えられないのなら、そうするしかないなぁと。

読んでくれるのかなんて分からんし、完全なる自己満足ですけど。

 

きっと今もごまんとファンレターが届いてるとは思うけどさ、彼が退所するまでに何とか一通書けたらなぁと思う。

 

 

 

また何か思いが募ってきたらここに書きますね。

 

丸ちゃんの大切な日、

珍しくeighterという言葉があった。

丸ちゃんの愛に感謝。

 

 

 

 

2018/4/15 無題

 

渋谷すばるは本当に真っ直ぐな人だ。

こうと決めたら猪突猛進、中途半端なことはしたくない、やるならでっかく!

 

そんな人だって分かってたつもりだったけど、実際は全然分かってなかったのかもなぁ…。

 

「36が人生の半分だとしたら、残りの半分を自分の夢の為に使いたい」

そんな風に聞こえたよ。

もうオタクは泣きながら行ってこいとしか言えないじゃんか。

 

だってそういう渋谷すばるを好きになったんだもん。

 

まだ受け止められない気持ちもある。

何で今なのか、ツアー後じゃダメだったのか、とか、15周年目前やぞ!?とか

思うことは沢山沢山あるよ。

 

でも、そういう人を好きになって応援してきたんだから、私は彼の「次のステージ」を応援するしかないのかなぁと思ってる。綺麗事みたいで気持ち悪いけど、嫌いになんてなれないんだよ。

そんなとこもひっくるめて彼が好きだし、好きになってしまったんだもん。

 

 

もっとはやく彼らに出会いたかった。

もっともっと沢山の景色を見せて欲しかったし、あわよくば一緒に見たいと、見られると思ってたんだよ。

15周年を迎えて笑顔で手を振る7人の関ジャニ∞しか想像してこなかったし、7人の関ジャニ∞に終わりが来てしまうことを考えてこなかったよ。

悔しい辛い寂しい悲しい…

感情めっちゃくちゃだよ

 

きっと沢山悩んで沢山泣いて言ってくれた。今はそう思うしかない。

あの真っ赤になった目を見てると、そんな言葉しか出てこない。

 

事務所を辞めるだけであり、関ジャニ∞を辞めるわけではない。

でも、形としては脱退になる。

すばるくんの抜けた関ジャニ∞が果たして本当に関ジャニ∞なのか、とか、これからのことなんて分からんけど、多分私はeighterでい続ける。

なんかそれは、あの会見を見ててもストンと心に落ちてきたことで。

 

勿論賛否両論あって当たり前だし、それでファンをやめる人だっているだろうけど、私はeighterでいたい。

 

すばるくんの作った歌の中でもね、『生きろ』は私の中で特別なんだよ。

去年の春、ずーっと死にたいなぁって思いながらズルズル生きていた私に、『生きろ』という歌でもって叱咤してくれた。真っ直ぐすぎるすばるくんの思いが詰まった歌に何回も泣いたさ。

クソ喰らえ!って思いながら過ごして、でもやっぱり辛くてこの春に結局逃げ出してしまったけど、それでも私は逃げたことを後悔してなくて、今生きてる。たっくさんまだ悩みながら泣きながら笑いながら生きてるよ。

 

関ジャニ∞としての活動が、今のすばるくんが持つ夢に繋がったんだとしたら、それを大事に抱えて生きていってほしいし、世界のどこかから、あなたの声が聴ける日を楽しみにしてる。

 

あなたに生かされた私はそう言うしかない。

 

まだね、まだほんとは寂しいし混乱してる。だから、今だけは、今だけは寂しい悲しいって言わせてね。頑張ってねなんて言ってやらない。まだ、ね。

 

 

2018/3/11 無題

 

3月11日だからって更新するのも、なんか気取ってるみたいで嫌だけど、でも何もしないのも歯がゆいので。

 

7年だからなんだ、って話ですよね。

あの日を経験した人からすれば、何年経とうが怖いものは怖いし、失ったものは永遠に戻ってこない。時が止まったままの人はいくらでもいるんだから、そんなふうに何年過ぎたねって年数数えたって、仕方の無いことです。

 

と言いながらなんだけどね、

2021年、東北の震災から10年後、復興庁は解体されるらしいことを聞いた時、

10年経ったら復興が終わるわけじゃないだろ!!と怒りを覚えたことをはっきり覚えてます。

 

もちろん、そんなことばっかり言ってられない現実もあるのだろうけど、まだまだ、もしかしたら阪神・淡路大震災よりも時間がかかるかもしれないのに。熊本地震の復興もまだなのにって。

 

今日、大倉くんと高橋くんのラジオを聞いてね、あの日小学生だった子が今は社会人として地域の復興のために働いていることを知った。そんな子が多分もっと沢山いるんだろう。

 

あの日を生き延びた人が、未来のために東北でしっかりと生きている。

 

いや、きっと当たり前なんだけど、そんな当たり前を私は忘れてしまっていたことを、今日のラジオで気づいた。

 

テレビでは、画面で切り取られた世界しか映さないから、どうしても、「復興」という言葉だけが一人歩きして、さもそれが進んでいるように聞こえるし見えるけど、でも、本当はどうなんだろう。そんなことも考えました。

 

風化させたくないし、震災のことを考えるたび、他人事ではないんだということを自分に言い聞かせてるよ。

 

これが風化防止に繋がるのかは分からないけど、私ができる僅かなことのひとつだから。

 

日本は地震大国だから、いつ誰がどこで同じような目に遭うか分からない。

昨日もね、ご飯の前に、小さな地震があった。なんだ、震度1.2かぁ、なんて家族と話したけど、数年前と比べても余震は増えてきた。南海トラフが近づいていることをひしひしと感じています。

 

 

 

アンナチュラルというドラマに、こんなセリフがありました。

 

『死ぬ人にいい人も悪い人もない。たまたま命を落とすんです。そして、私たちはたまたま生きている。』

 

このセリフを聞いた時は、違う意味でグサッときたんだが、今日はなんだかまた別の意味でグサッときますね。

 

ここだけ切り取って聞いても、たまたま死んだって言葉はあんまし好きじゃないんだけどね、、でも、「たまたま生きている」はほんとだと思う。

 

だからこそ、今をしっかりと、地に足つけて生きなきゃなぁと思う。

 

死にたいなんて、軽々しく言っちゃいかん、とも改めて思った。

この一年近く、ずっとこの言葉が私の胸の奥底にあったんだけどね、、、

きっと私が何気なく過ごす日は、誰かが切実に生きたかった日なんだから、私は今をしっかり生きなきゃなと。

 

優くんの『福笑い』(生演奏)をラジオで聞いて思わず泣きながら、そんなことを思いました。

 

いやぁ、、良いラジオでした。

聞いてよかった。聞けてよかった。

 

今日は日本中が悲しみと悼む気持ちとで包まれる日になると思うけど、1人でも多く早く笑顔が戻ることを願うばかりです。

 

そんで私も、『笑う門に訪れる何かを愚直に信じて』なるべく笑って生きていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

2017/12/27 愛のかたち

こんばんは。もう年の瀬ですね。

地域によっては豪雪だったりするんですかね…それぐらい寒い…

 

さて、今回は、某ブログの一件を認識、理解したので、

私なりに思ったことを吐き出そうと思ったので書いています。

そうそう、一言申し上げると、

某グループのファンではないジャニオタの言うことですからね?

 

声を大にして言いたいのは、これから書くことはあくまでも個人の感想だということをお忘れなく。

 

今回のことに関しては部外者であることは百も千も承知です。でも、アイドルのファンである以上は、どこかで向き合うことになることではないのかと思ったので。

 

まず、両方のブログを拝見して思ったことは、

え、お二人ともめっちゃ愛溢れてるやん。

彼という人物が好きで、そんな彼と彼の仲間がいるグループが好き。(好きだったという過去形で表わすべきでしょうか…?)

とにかく、愛が溢れた記事だと思った。

 

削除された記事は、彼のアイドルとしての態度を疑問視している自分とそれでも彼のことが好きな自分に葛藤していたけど、「結婚おめでとう。幸せになって。」という言葉がたしかにあった。

彼の結婚を否定したわけでもないし、あのメッセージカードを燃やす写真を載せたり彼を誹謗中傷する言葉はなかった。少なくとも、Twitter等で過剰に結婚を否定する人たちより真っすぐな表現だった。

 

好きで好きでたまらない人の結婚を受け止めるためだったんだろうと思うし、それに対しては誰であっても否定したり非難することはできないと思う。

ただ、言葉のチョイスがまずかった。私も一読したとき、思いっきり貶しているのかと思った。だけど、そういう表現でしか彼への愛を残せなかったのかもしれない。そう思うと、正面から「いや、お前何様やねん」とは言えない。

 

いや、あくまでも勝手な私の想像ですケド。。。

 

でも、ブログにしろTwitterにしろ自己表現の場であり、この国は表現と言論の自由が保証されている。だから、(非常識な誹謗中傷ものを除いて)それらに対して圧力をかけるのは間違っている。だから正直なところ、削除依頼には疑問がある。

 

と言っておきながら、削除依頼をした方のブログも同じぐらい彼への愛が溢れていたし、ド正論が書かれていたことは忘れちゃならん事。愚痴垢とかいうくだらないものを垂れ流す人たちには是非とも読んでもらいたい。

 

 

そもそも、アイドルというのは偶像だと思う。

いやこんなこと言ってしまうと身もふたもないんだけど。

 

もっというとね、芸能人はその言動で勝手に一般人の視聴者からカテゴライズされ、勝手にイメージ付けされる。気の毒だなと思う反面、そのことを理解して働いているんだろうとも思う。でないとCMとか成り立たないし。

だから、ましてアイドルなら、インフルエンザにかかろうが家族が死のうが関係なく笑顔でステージに立たなきゃダメなんだろう。それが彼らの使命であり義務であり仕事だから。

 

でも、肩書や立場や理由がどうであろうと、その人たちにも自由と人権があるし、幸せをつかむ権利がある。それは我々一般人と何も変わらない。人を好きになるから結婚するし、いわれのない誹謗中傷に傷ついたりすることもあるはず。勝手に一般人と切り離して考えてしまいがちだけど、人としての最低限のモラルを持つことは、何も芸能人だけに課せられたことじゃない。SNSは自己表現の場であり、表現と言論の自由があるって書いたけど、なんでも書いていいわけじゃないってことは、普通に分かることでしょう。

 

あの記事を消したのは、削除依頼をした人じゃなくて書いた本人だ。

想像以上の炎上と広がる誤解を回避した結果かなと思うし、それは間違った判断ではないと思う。こんな世の中だから、削除依頼した人にも書いた本人にも、きっと匿名の誹謗中傷の言葉が牙をむいていて、傷ついていることは簡単に想像できる。

だから、匿名でやみくもに非難する人たちはそろそろ冷静に自分の言葉の意味を考えてみたらどうだろうか。

 

正直、〇〇担とか担降りって表現自体が好きではないけども、(担当って何…?いまだによく分からんけど)今回の記事は一つの愛のかたちだった。出会えて好きになれて良かった、こんな形になったけど好きだったんだよっていう、一つのメッセージだった。

 

愛のかたちや表現は人それぞれ。SNSやブログでかっこいいところや可愛いところ、好きなところを書きなぐるのも、イラストで描くのも、ファンの一つの愛情表現。

 

今回の記事も、削除依頼をした人が書いた記事も、どちらも表現の仕方が異なるだけで彼への愛のメッセージだった。どちらが悪い、という議論ではない。

 

色々書いたけど、つまりは、

どちらも否定しないでいたいなと、そう思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017/12/19 生きるってこと。

 

今年は人の死っていうものに向き合った年だった。

 

祖母が2人、年明けと夏に亡くなりまして。

 

幸いにも2人とも最期を看取ることが出来たんだけど、体が枯れるんじゃないかと思うほど泣いた。特に年明けに亡くなった時は、色々重なってて、祖母の死を受け入れるのに随分時間がかかった。

 

この世からその存在が消える、こんなにも耐え難いことなのかって。

火葬場で骨を拾った時、死んだら残るものってこれだけなのかぁって。

 

なんか、辛すぎてそんなことを思ってました。

 

今日、韓国でとある方が自殺との報道があって、そのことをふと思い出した。

 

彼の身に何があったのか、それは知る由もないし、私はちゃんとしたファンでもなかった。でも彼が作った歌の中で、とても好きな歌があった。

イ・ハイという女性アーティストが歌う、「ため息」という歌です。だからかなぁ、なんかね、他人事には思えなくてね。

 

とても辛かったね、しんどかったね。

よく頑張ったね、お疲れ様でした。

 

そういって見送ることができたら、どんなにいいかねぇ。

 

でもさぁ、人の死ってのはそう簡単に受け入れられるもんじゃないよね。

 

まして大好きな人が自殺してしまったら、なおさらでしょう?

 

でもでも、この世の全てに絶望した時に消えてしまいたいって思う気持ちも、今は分からなくもないからさぁ。

 

とにかく胸が痛い。

彼が死を選んでしまうほど辛いことって何だったんだろうか。

 

 

この報道を聞いてね、思ったのは、

やっぱり大好きな人にはどんな方法であっても生きていて欲しいってこと。

 

命さえあれば…生きてさえいれば…

 

最近好きになったWANIMAの歌にもあるけど、ほんとにそう。

 

解散より脱退より芸能界引退より、この世からその存在が消えてしまうって事実が何よりも耐え難い。

 

とにかく生きて欲しい、幸せであって欲しい。家族にしろ、友人にしろ、好きな芸能人にしろ、大好きな人たちにはとにかく生きて笑っていて欲しい。それ以上に望むことなんてないんだよなぁ。

 

私自身、死にたいとか思ってしまうことあるから、矛盾してるように聞こえるかもだけど本当にそう思ってる。

 

なんかめちゃくちゃなこと言ってる?

まぁそんなもんだって。

 

 

 

ジョンヒョン、あなたが今そちらで幸せならそれで良いと思うんよ。

せめて、この世で悲しんでる全てのファンのためにも、苦しかったことも悲しかったことも、全部そちらでは忘れて笑っていてね。

 

 

 

人の死を経験すると、生きることと死ぬことを、人の一生というものを、一度は考えてしまうんじゃないかと思う。

 

簡単に死ねないよなぁ、とか、まだやることあるよなぁ、とか。死にてぇなぁと思いつつも、そんなことがやっぱり頭の中をよぎる。

 

そういう意味では、祖母2人の死は全てがマイナスでは無かったのかもしれない。

 

そろそろ年末、そんな時にそんなことをふと思ったりしたのだよ。

 

辛くても悲しくても悔しくても壊れても、やっぱり生きなきゃダメだね。親より先には死ぬことは、最大の親不孝だと思ってるからさ。

 

今日1日で全く逆の思考を持ってしまったわ、草生える。

いや、至って真面目です。

 

 

 

生きるって、多分そういうことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017/12/18 はきだめ。

今日は久しぶりに書くよ。

エイトさん関係ないよ、思っクソ色んな事吐き出すからね。

 

 

 

 

下書きは沢山あるけどね。最近ほんとに忙しくて開く間が無かった。

 

サークルのことになると、酷く落ち込んだり嫌気がさしたりして、大学に行くこと自体が嫌になる。

 

今日も2限休んだ。

昨日の夜から憂鬱で、今日を迎えるのが辛かったけど、やっぱり無理だった。

 

なんでこんな思いしてまで、サークルに居るんだろうか。心底アホらしい。

後輩のために、って言われるともう有無を言わせない感じ、やるしかなくなる。

 

今回は抱えすぎた。

 

ゼミ旅行2.3週間前に、ゼミ旅行の担当に投げ込まれたのがそもそもの始まり。

 

約1名大学に来なくなったから、サポートして欲しいって担当教員から言われたから引き受けたんだけど。

自分がゼミ旅行の担当だという自覚もないクソみたいな奴らと過ごすのはほんとにストレスでしかなかった。

 

時間にルーズ、とかいうレベルじゃない。もはや来ない。

ホウレンソウって言葉知ってる??

来れないなら来れないって、一言連絡入れろよ。

 

挙句、先週末に私が大学にいないタイミングでゼミ旅行の反省会やってた。

 

 

もうどうだっていいけど。

全て終わったことだから。

年越しと共に記憶から消す。

あんなの、覚えてたところで意味がない。クソすぎる。

 

でもサークルは終わらない。

逃れられない。

 

唯一の3回生、これがどんなに孤独か誰も知らない。まだあと1年あるのかと思うとゾッとする。

 

マジで、さっさと辞めたい。

学問の意義とか社会情勢とか、もはやどうでもいい。私の人生の方がよっぽど大事だっつーの。

 

なんでいつまでもサークルと専門の板挟みにあってんの?私の大学生活何だと思ってんの?サークルに全てをあげられるほど暇じゃない。

 

学芸員志望なのに、全然古文書読めない焦りが、余計そう思わせるんだろうか。無駄にプライド高いので、同回生に教えられる屈辱ってあるんだわ。

 

行きたくない。全部休んでしまいたい。何なら休学したい。

 

 

出来ないよなぁぁぁ

親に行かせて貰ってるのにさ。

 

たまにはこーやって鬱々するんです。

根っからのネガティヴウーマンだから。また鬱状態に来てるかも。

 

結局今日は全部パスした。

女の子の日も重なって、しんどいオブしんどい痛い辛い

 

でも、明日からはちゃんと出ないとな。

今日の夜は少し散歩して気分転換しよ。

 

 

こんな暗い内容でスミマセン。。。

 

 

そーいえば。

今日、エイトさん結成日だね。

おめでとうございます。

来年も素敵な1年になりますように。

 

今日ペコジャニないの残念だなぁ。